5年後の枝はらいストーリー

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キツネも凍える午前7時。その音は冷たい空気を割いて鳴り響く。
“べべべべべべべ、ウァンウァンウァ~~~ン”。
チェーンソーを担いだ青年達が枝を払っている。
なんでこんな寒い中?=お仕事だからです。
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今冬のメインイベントともいっていい仕事。防風林の枝はらいだ。
防風林はその名も、作物から強風を防ぐためのもの。
しかし、枝の伸び放題は、作業や日蔭の問題がでてくる。
そこで全圃場を徹底的にやった。
かれこれ2週間以上にわたり・・・・。
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写真では普通?に感じる化もしれないが、トラクタの傷、ミラーの割れにつながる。
しかも、あの木の柔軟性。しのってビンタでもされたら大変に痛いし、泣きたくなる。
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きれに、枝を拾うのも重要なこと。
いざ作業の時に枝が機械に詰まって、豆の種がとびでたり、鎮圧がうまくいかなかったりとなる。
枝があったら、人間つまずくのと一緒だ。
きれいに、昔流行った女子のキノコカットができた。
約5年間はこれでもつ。床屋さんが5年に一回みたいなはなしだ。
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ハヤ~~~これはやってしもうた。小さな木の切り株が鋭利なトゲに。
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案の定、切り株にタイヤをさしてバースト。これは高くついた。反省・・・・。
これは素人ならやってしまうミスだ。小さい木ほどしなりがあり難敵になる。
チェーンソーはこういうものが意外に扱いにくい。
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太いのは”なんでもベテラン松本さん”が仕留めにはいる。
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V字に受け口をつくって、追い切り。”たおれるぞぉ~~!!”
木が倒れる時の音はなんともいえない。
張りつめた空気を引き裂く。
“シューーーーーーーーーーっ、ド~~~~ン”
この枝はらいは、
① 風から作物をまもりつつも、太陽の光を少しでも多く。
② 機械破損がないように準備。
③ たのしみな秘密がいっぱい(後日発表)。
という役目でした。
日本の森林が荒廃してるって、簡単にいえば散髪せずに、ボサボサでフケだらけみたいなこと。
木が育たなければ、森はそだちませんよね?
こちらもどうぞ宜しくお願いします。
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特集 いくつもの時を越えて・・・

暑い熱い季節が続いてますね。クールダウンしましょうか。北海道はそうでもないですけど・・・
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今年2月、山の幸シリーズのお話。
うちの2代目、私の祖父母が戦後に植えたカラマツは約50年のときを越え、切り出されました。人工林、特にカラマツには、老齢になると根がいたみだして、枯れが生じてきます。これがカラマツの伐採期となるんです。4m以上ものの真直ぐなカラマツは住宅用に使われます。誰かの家の一部となり、さらに歴史をきざんでいくと思えば感無量ですね。大黒柱じゃなくたって、”何かを支える”だけでも立派なものですよ!!
世界中で森林伐採が進んでいますが、北海道だってもともと原野だったのを、人の手で少しずつ開拓していったのです。大切なのは、次に繋げる準備をして、”とる”だけでなく”かえす”が自然の摂理で重要なところだと思います。来年からまた植林予定。俺の孫が”じいちゃん、よくやったな、ありがと”といってもらえるような山に戻すべき。
当時の話を祖母から生前にききましたが、それは壮絶で過酷な毎日。”凄い!”と思ったのは、樹齢何百年もの大木を大きな手ノコで伐った話、正に命がけ。一日1~2本程度のペース。しかも、大きな根株は、秋口に周囲を掘り、冬場の凍結(当時は-20~30℃当たり前)を利用して根を浮かせ、次の年の春先に馬を何頭もひきつれヒッパッリ抜いたとか・・・。
チェーンソーや重機があったわけでない。すべてが人間と馬ですよ!これは現場にたったものでないとわかりませんけど、今だってチェーンソー担ぎながら木を切るなんてシンドイと危険な話。作業効率からいっても遅いどころか、”俺の人生、これでいいのか?”と不安にかられてしまうほど。
戦後の日本の目覚しい経済復興は、日本人の勤勉なる性格と先人達に学ぶ自然との調和があったからにちがいない。今の山や畑があるのも、先人達の苦労の賜物。間違いない!
彼らが一本一本植林した苗木を、その子供達が草刈や間伐を行い、50年後に孫の私が収穫し、ひ孫がこうして元気に大きな立派な木にまたがって遊べるのも、そこには繋ぎで管理やより素晴らしいものをつくろうとする意思の継続があるからだ。
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この木を植林した、50年以上も前の5月の空はどんなんだっただろう?子供達もオオジジ、オオババの大きな背中にのってるような気がした日。
風の日も、雨の日も、雪の日も、晴れの日も、地に足をつけて踏ん張るしかない。深い根を下ろし、将来に繋げていくために・・・

UDO&KOGOMI

旬の山の幸、ウドとコゴミをもらいました。
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山散策の大好きな援農さんのおばさんにいつもいただいたりしています。行者にんにくとかも。
山菜を採る人の掟:現場は決して人に教えない。欲張って根こそぎとらない(来年にまた山からのおすそわけを頂戴するために)。の2点。
どこからともなく、ビニール袋一杯にとってきてくれると、土の香りと新緑の風味が一杯にかもしだされるんです。バーター貿易じゃないのですが、お礼の物々交換に野菜や庭でとれる果実などで応えます。
妻がワラビ、ウドの天ぷらと、同おひたしで食卓に香りづけするわけです。やっぱ新鮮、うまい!

山の幸

家族そろって、山にいってみた。
同じ町村だし、そんなに人里はられていないのになぜか、より空気がうまく感じる。
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人にそれぞれ寿命があるように、木にもそれがあるようだ。
特に、第二次世界大戦中に裸山になった、北海道の森林のほとんどが、
からまつ(落葉針葉樹)に植林された。雑木(ナラ、ニレなど)にくらべ、育ちがはやく
育てやすいというのが理由だった。
 植林から50~60年たち、カラマツも実を多くつけだすと、木の生長よりも子孫を残す
周期にはいる。これが、いわゆる伐期なのだ。
祖父が植え、父が管理し、孫が収穫する。家族でいえば、三世代にわたる一代事業だ。
”すげぇ、長丁場な仕事だな”と思いつつも、
種を撒きはじめた祖父母の気持ちになると、今孫が収穫できることは感慨深いことだろう。
 山の神に感謝しながら、山の幸を収穫していきたい。