代表 あいさつ
こんにちは。当農場にお立ち寄りいただき誠にありがとうございます。
当農場、前田農産食品は昨年2019年、開拓から120年を迎えさせていただきました。
初代金四郎は本別町の町つくりの祖として原野から畑へ転換することで尽力し、さらに本町の教育発展を願い小中高校の土地を寄贈、そこから前田農産の社会的役割として教育農場として位置づけております。
2代目、美次は戦中に馬鈴薯でんぷん工場を操業しその時の社名が現在にも息づいております。夏場収穫した馬鈴薯を冬季2月まで貴重なでんぷんに加工する。電気も動力も創業当時ノウハウもない時代に基礎を作り上げた事実が、私の代で初めて手掛けた食品加工の、電子レンジ専用の北海道十勝ポップコーンへの事業挑戦を後押ししてくれました。
3代目、芳雄はでんぷん需要の世界的変化を感じ、でんぷん工場を閉鎖、農業専業で畑の基盤整備に汗を流しました。そして昭和63年、ガットウルグアイラウンドや混沌とする国内農業になにか元気を与えたいと、町つくり有志の会“一歩会”を立ち上げて、10haものとうもろこし畑を巨大な迷路として町つくりの一環に寄与し、“楽しい農業の提案”また仕事人としても多くを学ばせてもらいました。
その間、家族はもとより多くの関係者や過去現在のスタッフや援農者さんにお世話になり、今までがあります。過去から学び、新しいものを時代の変化とともに畑から提案してみるという気持ちがだんだん醸成するなかで、“1.選ばれる生産者を目指す”と“2.地域農業から食文化つくる”という2つのキーワードをもちました。持続可能な農業にするために、1.2の視点が、人つくり、土つくり、作物つくり、仕組みつくり、食文化つくりに挑戦している最中です。
前田農産食品の経営理念
“私たちはお客様と共に種をまき、共に育ち、わくわく感動農業を実践します”
私たちはこれからも地域とお客様に必要とされる農業を目指して、畑を耕していくしだいです。
また、食べる人のことを思い、あなたの食の一部に寄与したいと思っております。
今後とも一層の叱咤激励を賜りますよう宜しくお願い申し上げます。
代表取締役 : 前田茂雄
1974年 北海道・本別町出身。
東京農業大学 卒業後、テキサスA&M州立大学、アイオワ州立大学にて米国の大規模農業経営や流通を学ぶ。
1999年 前田農産食品合資会社入社。
4代目として本別町で就農。
前田農産ファミリー
当農場は明治32年3月15日、祖父金四郎・祖母トメの当地での新婚生活をかねた原生林の開墾が始まりです。
昭和11年秋より父美次・母ヒサノが馬鈴薯澱粉工場経営を開始、昭和48年現本別大橋・利別川築堤工事による工場用地買収により閉鎖余儀なく、「過去37年間に亘り総ての精魂を傾注した本工場閉鎖は残念の一語に尽きる」と父が回想録に書き残しています。
昭和47年より馬鈴薯澱粉工場閉鎖後の事業として、祖父母が開墾し、父母が守った大地16ヘクタールを基盤に現在100ヘクタール余(賃貸地含)を耕作する畑作農業法人として今日を迎えています。
本別町ではこんな人たちが活躍してます!
「HOTほんべつ」
>前田農産の特集も!
「HOTほんべつ」チャレンジる 前田茂雄さん
本別町は十勝東部地域の中央に位置し帯広市、北見市、釧路市のジャンクション地点となっています。
町の半分以上の面積が山林で覆われ、利別川、美里別川は釣り人に人気の川です。
寒暖の差が大きく、夏季最高気温は30℃を超え冬季最低気温はマイナス20℃となります。
この寒暖の差が良質の豆を生産すると言われ「豆の町ほんべつ」と言われています。
農用地は河岸段丘になっており、日の出から日の入りまでの時間が長く、作物がよく生育する要因のひとつです。
降水量の少ない十勝のなかでも、本別町は特に冬の降水量が少なく雪が少ない特徴があります。
2月豆まかナイト、5月つつじ祭り、8月ビア祭、ほんべつ肉祭り、9月きらめきタウンフェスタ、10月ツリーフェスタ地元ならでわの手作り感たっぷりのお祭りがあります。ホームページをご覧ください。
「まめのまち 本別」
わが町の未来を応援してください!ふるさと納税で。
「ふるさとチョイス」
本別町農協青年部や豆ではりきる母さんの会など、地元の食育へ参加しています。
前田農産も毎年の小中高校生の最高学年にポップコーン収穫をしてもらい、ここでしかできない農と食の体験してもらってます。
学校関係、農業団体、パン屋さん、JICAやNuffield farming scholarshipの視察など、農業を知ってもらう活動にも力をいれております。
前田農産食品は新規スタッフを募集しています!
日本の食糧基地、北海道十勝で私たちの一緒に働きませんか
興味のある方は採用ページをご覧ください。